おめかけさんの意味とは?愛人や二号さんとの違いと歴史の真実
時代劇や昭和を舞台にした小説、あるいは往年の大物政治家・著名人の回顧録などで目にする「おめかけさん」という言葉。現代では日常会話で耳にする機会がほとんどなくなったものの、「愛人や二号さんと何が違うのか」「どのような生活を送っていたのか」と疑問を抱く方は少なくありません。
かつての日本では、公然の事実として特定の有力者に扶養され、時には法律上の身分として認められていた歴史さえ存在します。本記事では、「おめかけさん」の語源や漢字の成り立ちから、愛人・側室との決定的な境界線、明治の法制度から昭和の実態、そして現代の相続権に至るまで、客観的な記録と社会史の知見をもとに徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:おめかけさん(妾)とは、正妻を持つ男性から住まいや生活費全般の面倒を見てもらい、実質的な妻のような関係を継続していた女性を指す。
- 要点2:明治初期(1870年)には法律で「妻と同等の二等親」として公認されていたが、民法制定などを経て制度としては消滅し、昭和期には富裕層のステータスへと変容した。
- 要点3:秘密裏に関係を結ぶ現代の不倫・愛人とは異なり、かつては本妻や親族、地域社会にも半ば認知された「経済的保障を伴う公然の囲い者」という決定的な構造差がある。
【言葉の起源】「おめかけさん」の漢字表記と語源|「手掛け」から生まれた歴史
「おめかけさん」を漢字で書くと「お妾さん」となります。名詞である「妾(めかけ)」の頭に丁寧を表す接頭語「お」、末尾に敬称の「さん」を添えた呼び名です。現代の感覚では親しみや一定の配慮を含んだ響きを持ちますが、文字や言葉の出自を辿ると、古代から近世にかけての女性の過酷な歴史が浮かび上がってきます。
妾(めかけ)の意味をわかりやすく説明するならば、「婚姻届を出している本妻(正妻)以外の女性でありながら、男性から衣食住の経済的支援を受け、継続的な肉体関係・生活関係を結んでいた女性」となります。
この「めかけ」という呼称の語源には、歴史言語学や民俗学の観点から主に2つの有力説が存在します。
- 「手掛け(てがけ)」が転じたとする説:男性が「手元に置いて世話をする」「自らの手を付けた」女性を意味する古語「手掛け」が音変化したという見方です。主従関係や所有関係のニュアンスを色濃く残しています。
- 「目を掛ける(めをかける)」に由来する説:家長や権力者が特別に目をかけ、寵愛や扶養を与えた女性であることから名付けられたとする見方です。
また、「妾」という漢字自体の成り立ちも極めて暴力的かつ階級的です。甲骨文字や古代中国の原義において、「妾」の上部は入れ墨を入れるための針(辛)、下部は女性(女)を模しています。すなわち「罪を犯して額に入れ墨を入れられ、家庭内奴隷となった女性」が原義であり、そこから「正妻にかしづき、主人の夜の伽(とぎ)や労働を担う身分の低い女性」を指すようになりました。

【徹底比較】おめかけさん・愛人・二号さん・側室の決定的な違い
現代において混同されがちな「おめかけさん(妾)」「愛人」「二号さん」「側室」。これらは時代の枠組みや法的地位、社会的な認知度において明確に区別されます。
最も大きな境界線は「経済的扶養の有無」と「社会的な公然性」です。現代の愛人が「家族や周囲に知られてはならない秘密の関係」であり、生活費の負担も必須ではないのに対し、かつてのおめかけさんは「男性側が家(妾宅)を買い与え、生活費を丸抱えするのが前提」であり、本妻や関係者の間でも半ば公然の秘密、あるいは既成事実として知られていました。
| 呼称・区分 | 主な時代・背景 | 経済関係・生活基盤 | 公然性・法的位置づけ |
|---|---|---|---|
| おめかけさん(妾) | 江戸〜昭和中期 | 住居(妾宅)や生活費を男性が全面負担 | 周囲に公然(明治初期は法認、以降は私的関係) |
| 二号さん | 明治末期〜昭和後期 | 生活費の手当を受ける場合が多い | 本妻を「一号」と見立てた通俗語。法的位置づけなし |
| 側室(そくしつ) | 平安〜江戸時代(武家・皇室) | 家臣団や藩・幕府の公費で保障 | 公的な身分制度。目的は「お家存続・世継ぎの確保」 |
| 愛人(あいじん) | 戦後〜現代 | 自立しているケースから小遣い程度まで多様 | 完全非公認。不貞行為として民事上の不法行為責任を負う |
なお、二号さんという言葉の由来については諸説ありますが、明治以降に銀座や新橋の芸者界隈で、本妻を「一号」、妾を「二号」と番号で隠語化したのが始まりとされています。のちに昭和期の庶民層へ広まり、やや皮肉やユーモアを込めた大衆語として定着しました。
【法制史の真相】明治時代に存在した「妾制度」と法律上の身分変化
日本史を振り返る上で衝撃的な事実は、明治初期の一時期、妾が国家の法律で正式に親族として認められていたという点です。
明治3年(1870年)に明治新政府が制定した刑法典『新律綱領』において、以下のように明記されました。
「妾は妻と同等とす(二等親)」
当時の国家法において、妾は正妻と全く同じ親族等の血縁関係(二等親)として位置づけられ、戸籍に「妾」として記載されることすらありました。家父長制の強化と家系の継続を最重要視した武家社会の慣習をそのまま近代法に取り込もうとした歪みな制度設計でした。
しかし、欧米列強との不平等条約改正を目指す日本にとって、一夫一婦制を文明国の道徳的基準とする欧米からの批判は無視できないものとなります。福澤諭吉をはじめとする啓蒙思想家たちも『日本婦人論』などで激しい妻妾同居批判を展開しました。
その結果、法制度は急速に是正されていきます。
- 明治13年(1880年公布・1882年施行):旧刑法
太政官布告により『新律綱領』の妻妾同等条項が削除され、妾は法的な親族身分を失う。 - 明治31年(1898年):明治民法(旧民法)施行
明確に「一夫一婦制」が法制化。重婚が禁止され、法律上、妾は一切の婚姻関係を持たない私的な存在となった。
法的な庇護を失った後も、富裕層や政治家の生活文化としての「お妾さん慣習」は根強く残り、法制度の外側で昭和中期まで息づくことになります。

【実態検証】本妻と妾の複雑な力関係|「妻妾同居」の地獄から別宅へ
かつての「本妻とお妾さんの関係」は、決してドラマのように華やかなものばかりではありませんでした。明治初期までは同じ屋敷内に本妻と妾が暮らす「妻妾同居」が珍しくなく、そこには言語に絶する精神的抑圧と軋轢が存在していました。
当時の手記や女性たちの回顧録には、本妻が正当な家政の権利を守るために妾を女中同然に厳しく扱い、妾側も主人の寵愛を盾に対立したという凄惨な家庭内摩擦が生々しく記録されています。正妻にとっては耐えがたい屈辱であり、妾にとっても男性の気まぐれ次第で生活の梯子を外される不安定極まりない境遇でした。
明治後期から大正・昭和に入ると、道徳観の変遷や家族のプライバシー意識の高まりから、本妻と同じ家に置くことは避けられるようになります。男性が別の土地に家を買い与え、または借家を用意して囲う「妾宅(しょうたく)」のスタイルが主流となりました。
昭和期の政財界人や文豪において、妾宅を構えることは「それだけの資力と包容力がある大物」という一種のステータスシンボルとして誇示される側面すらありました。しかし、その裏で本妻は家庭内での冷え切った関係に耐え、妾は社会的な日陰者として日々の孤独に耐えるという、家父長制の犠牲となった女性たちの姿が確実に存在していたのです。
【昭和の回顧録】昭和財界・政界に息づいた「お妾さん」と相続権の激変
昭和期、特に関東大震災後から高度経済成長期にかけての「お妾さん文化」は、花柳界(新橋や赤坂の芸者)や銀座のバーカルチャーと深く結びついていました。
多くの大手企業創業者や派閥を率いる政治家が、贔屓(ひいき)の芸者やクラブのママを「落籍(ひか)す」形で囲い、月々の手当て(手当金)や生活費を振り込む関係を築いていました。当時の一流料亭関係者の回顧録によると、「一流の旦那衆たるもの、本宅に月100万円入れるなら、妾宅にも同等かそれ相応の手当てを滞りなく届けるのが粋な甲斐性」と語られるなど、極めて金銭的かつ継続的な契約関係でもありました。
「妾の子(隠し子)」と相続権をめぐる法改正の歴史
昭和のお妾さん問題を語る上で避けて通れないのが、非嫡出子(法律上の婚姻関係がない男女の間に生まれた子ども)の権利問題です。
かつての日本の民法(第900条4号ただし書)では、男性が認知した子であっても、「非嫡出子の法定相続分は、正妻の子(嫡出子)の2分の1」と定められていました。「法律婚の尊重」を盾に、子ども自身には何の罪もない出自の差で差別的な扱いが続けられていたのです。
この条項に対し、人権救済の観点から長年にわたり違憲訴訟が提起されてきました。そしてついに2013年(平成25年)9月4日、最高裁判所大法廷は「嫡出子と非嫡出子の法定相続分を差別する規定は憲法第14条の法の下の平等に反し違憲である」とする決定を下しました。これを受け、民法は即座に改正され、現在では父親に認知されていれば、嫡出子と全く同じ割合の相続権が保障されています。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|「現代のパパ活」はお妾さんなのか?
ソーシャルメディア等で時折、「現代のパパ活や愛人契約は、形を変えた昭和のお妾さん文化の再来ではないか」という言説を目にすることがあります。しかし、社会構造の観点から見ると、両者には決定的な断絶が存在します。
ネット上で混同されやすい誤解を整理すると、以下の3点が挙げられます。
- 誤解1:「パパ活の定期契約」とお妾さんは同じである
実態:昭和のお妾さんは「住居の提供」「光熱費や生活全般の丸抱え」「生涯にわたる継続性の期待」という擬似的な婚姻関係でした。一方、現代のパパ活は都度払い、または短期的な金銭授受による「都度・定期の役務対価」に過ぎず、生活基盤の保障責任を男性側が負うことはありません。 - 誤解2:お妾さんは犯罪や違法行為だった
実態:明治31年以降、法的な配偶者としての地位は失われましたが、愛人関係を持つこと自体に刑事罰はありません(かつて存在した「姦通罪」も昭和22年に完全廃止)。民事上の不法行為(不倫慰謝料の対象)にはなり得ますが、当時は男性側の社会的地位や本妻の「黙認」によって社会的に容認されていた土壌がありました。 - 誤解3:お妾さんになれば一生安泰だった
実態:契約書が存在しない私的扶養であったため、支援者が急死したり事業に失敗した瞬間、親族から妾宅を追い出され、一切の経済的権利を失って困窮する女性が後を絶ちませんでした。
【プロの結論】現代社会において「お妾さん的依存関係」が孕む致命的リスク
家族社会学および心理療法の観点から分析すると、かつてのおめかけさん文化は「強固な経済力を持つ男性への絶対的依存」と「社会的な自立機会の剥奪」の上に成立していた、極めてリスクの高い共依存構造でした。
現代において、富裕層から「家賃を払うから囲われてほしい」「毎月手当てを出すから他の仕事を辞めてほしい」といった持ちかけに応じることは、自らのキャリアを中断し、個人の経済的自立性(アヴェニュー)をすべて他人に委ねる行為に他なりません。法的な妻としての権利(配偶者控除、遺族年金、無条件の相続権)を一切持たないまま他者に人生のライフラインを握らせる関係性は、関係破綻時や相手の病気・死亡時に致命的な破綻を招きます。現代を賢明に生きる上では、健全な「心理的・経済的バウンダリー(境界線)」を維持することが不可欠です。
【現代における使い方】令和の言葉遣いとしての「おめかけさん」
現在、「おめかけさん」という表現は実社会で生きた人物に対して使われることは原則としてありません。現代のメディアや会話で登場する場合、その大半は以下のような限定的なコンテクストに絞られます。
- 歴史ドラマ・時代小説における時代考証用語:明治・大正・昭和の文豪や政治家の人物伝、あるいは大河ドラマや連続テレビ小説などで当時の世相を描写する際のセリフやナレーション。
- 比喩や皮肉としての表現:「親会社の言いなりになっている下請け企業」「特定の権力者にベッタリ依存して甘い汁を吸っている人物」などを揶揄する際に、「まるで〇〇のおめかけさんだ」と比喩的に使われるケース。
- 昭和芸能史・財界秘話の回顧:昭和の名優や怪閥経営者の武勇伝、スキャンダルを振り返るドキュメンタリー番組や書籍での客観的記述。
公の場やビジネスシーンにおいて生身の人間に対してこの表現を用いることは、相手の尊厳を著しく傷つける侮辱表現・セクシャルハラスメントに該当する恐れがあるため、歴史的・文学的な文脈以外での使用は避けるのが現代の一般的な常識です。
【おめかけさん 意味】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:おめかけさんと側室は何が違うのですか?
A1:最大の相違点は「公的制度かどうか」です。側室は武家社会や皇室において、血筋を絶やさない(世継ぎの誕生)という公務のために設けられた公認の身分制度でした。一方、おめかけさんは江戸時代の町人文化や近代以降の富裕層における個人的な囲い者であり、制度的なお家存続の義務ではなく、個人の嗜好や資力に基づく私的な愛人関係です。
Q2:昭和の時代、お妾さんは近所や親戚に知られていなかったのですか?
A2:多くの場合、公然の秘密として周囲に知られていました。特に地方の名士や大企業の重役、政治家の場合、本妻も「旦那の付き合い・甲斐性」として受け入れざるを得ない空気が醸成されており、妾宅の近隣住民も「〇〇先生の別宅」「お妾さんが住んでいる家」と認識して付き合っていた事例が手記などに数多く残されています。
Q3:父親が認知した「妾の子」にも遺産相続の権利はありますか?
A3:あります。父親が生前に認知していた場合、または遺言で認知された場合は「非嫡出子」として相続権が発生します。かつては正妻の子の半分の取り分とされていましたが、2013年の最高裁違憲決定および民法改正により、現在では嫡出子(正妻の子)と完全に同等の一律の法定相続分が認められています。
Q4:現代でいう「愛人」と「おめかけさん」の最も端的な違いは何ですか?
A4:生活費の「丸抱え(全面的な扶養)」と「公然性」です。現代の愛人は自活しながら秘密裏に逢瀬を重ねる関係が一般的ですが、おめかけさんは男性が住まいを提供し、生活の全責任を負うことで実質的な第二の家庭を維持していた点に決定的な違いがあります。
まとめ:言葉の変遷が映し出す日本社会の家族観と倫理観
「おめかけさん」という言葉の意味を紐解くと、そこには単なる男女の痴情のもつれにとどまらず、日本社会が歩んできた家父長制の隆盛、明治の近代化による法改正、そして女性の経済的自立や人権意識の向上という大きな歴史のうねりが克明に刻まれています。
かつては「男の甲斐性」として肯定され、時に法的な位置づけさえ与えられていた妻以外の女性の存在。しかし現代では、個人の尊厳と法の下の平等、そして対等なパートナーシップが確立されたことにより、公然と人を囲う文化そのものが完全に過去の遺物となりました。
歴史小説や昭和の名作に触れる際、この言葉が背負ってきた時代背景や女性たちの置かれていた現実を知ることは、作品の深層を読み解き、現代の家族観の成り立ちを正しく理解するための確かな道標となるはずです。 (出典: おめかけさん 意味(Yahoo!ニュース))