関ジャニを抜けた人3人の現在と脱退理由|歴代メンバーの真相に迫る
2004年に8人組の関西発グループとして鮮烈なデビューを飾り、日本のエンターテインメント界を牽引してきた「関ジャニ∞」。2024年2月にはグループ名を「SUPER EIGHT」へと改名し、2026年を迎えた現在もドームツアーや大型音楽フェスで圧倒的な存在感を放っています。しかし、その20年を超える激動の歴史のなかで、グループを去った仲間たちが存在します。
「関ジャニを抜けた人は具体的に誰なのか」「どのような順番で、なぜグループを離れることになったのか」「袂を分かったメンバーは今どこで何をしているのか」といった疑問は、今なお多くのファンや音楽リスナーの間で関心を集め続けています。本稿では、歴代脱退メンバー3名(内博貴、渋谷すばる、錦戸亮)の脱退経緯や記者会見の肉声、独立後の現在地、そして改名を経たSUPER EIGHT現メンバーとの絆の行方について、公式発表と取材データに基づき徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:関ジャニ(現SUPER EIGHT)を抜けた人は内博貴・渋谷すばる・錦戸亮の計3名であり、脱退順は内博貴(2006年降板・2007年ソロ移行)→渋谷すばる(2018年)→錦戸亮(2019年)である。
- 要点2:脱退理由は三者三様であり、不祥事による活動休止から舞台俳優への転向(内)、音楽性の追求と海外挑戦(渋谷)、15周年の節目における表現者としての自立とグループ再構築(錦戸)と、いずれも不仲による決裂ではない。
- 要点3:2026年現在、脱退した3名全員が音楽や演劇の第一線で活躍を継続しており、SUPER EIGHTの現メンバー5名(横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義)とも互いを認め合う成熟した関係性を築いている。
【歴代脱退順】関ジャニ∞を抜けた人一覧と脱退の軌跡
関ジャニ∞は結成当初、関西ジャニーズJr.を牽引していた精鋭8名によって結成されました。しかし、2000年代半ばから2010年代末にかけて3名がグループを離れ、現在の5人体制へと移行していきました。まずは、グループを抜けた3名のプロフィール、脱退順、当時の状況を比較データとして整理します。
| 脱退順・メンバー名 | 脱退・退所時期 | 公式理由・主な背景 | 2026年現在の主な活動 |
|---|---|---|---|
| 1人目:内博貴 (うち ひろき) | 2006年末 グループ実質離脱 (2007年夏に研修生復帰、以降ソロ) | 未成年飲酒による無期限活動自粛処分。 復帰後はグループに戻らず個人活動を選択。 | 舞台・ミュージカル俳優として確固たる地位を確立。『Endless SHOCK』など名作舞台への出演を継続。 |
| 2人目:渋谷すばる (しぶたに すばる) | 2018年7月 グループ脱退 (同年12月31日 事務所退所) | 音楽活動を追求するための海外留学と自立。 35歳を過ぎ「自分の責任下で音楽を全うしたい」と決断。 | シンガーソングライターとして国内外で精力的にライブツアーを開催。自主レーベル運営やフェス出演など純粋なロック活動を展開。 |
| 3人目:錦戸亮 (にしきど りょう) | 2019年9月 グループ脱退 (同年9月30日 事務所退所) | グループ15周年を完走したことによる一区切り。 今後の活動方針の再定義と、自立した表現活動への移行。 | 自主レーベル「NOMAD RECORDS」を主宰。アルバムリリースや全国ツアーに加え、地上波ドラマ・映画・配信作品の主演・重要キャストとして高評価を獲得。 |
| 現メンバー5名 (SUPER EIGHT) | 横山裕、村上信五、丸山隆平、 安田章大、大倉忠義 | 2024年2月4日に「SUPER EIGHT」へ改名。 5人でグループの看板を守り抜き活動中。 | ドームツアー開催、大型音楽フェスヘッドライナー、後輩グループのプロデュース、冠番組の継続など多方面で活躍。 |
このように、8人で始まった関ジャニ∞は、2006年の内博貴の離脱、2018年のメインボーカル・渋谷すばるの旅立ち、そして翌2019年の看板エース・錦戸亮の独立という3つの大きな転機を経て、現在のSUPER EIGHTへと再編されていきました。

渋谷すばる・錦戸亮・内博貴の脱退理由|記者会見の肉声と知られざる真相
歴代脱退メンバーの選択の背景には、それぞれ全く異なる文脈と葛藤が存在していました。メディアで大きく報じられた記者会見の言葉や、後に本人が語った回顧録から、脱退に至った決定的な真相を読み解きます。
1. 内博貴:突発的なトラブルと舞台での再出発を選んだ経緯
内博貴は、関ジャニ∞とNEWSの2グループを兼任する若手筆頭のエース候補でした。端正なビジュアルと抜群の歌唱力で人気を博していましたが、2005年7月、未成年飲酒による活動自粛処分を受けることになります。この事件により、出演中だったフジテレビ系ドラマの降板やレギュラー番組の出演見合わせを余儀なくされました。
約1年半の謹慎期間を経て、2007年夏に研修生(ジャニーズJr.内ポジション)として現場復帰を果たしたものの、関ジャニ∞やNEWSへ正式復帰することはありませんでした。関係者の証言によると、本人が「ファンやメンバーに多大な迷惑をかけた責任」を重く受け止め、甘えを捨ててゼロから実力を証明する道として、堂本光一が座長を務める舞台『Endless SHOCK』への挑戦など、演劇の世界で勝負することを選んだとされています。
2. 渋谷すばる:異例の「全員同席記者会見」で見せた不退転の覚悟
グループの絶対的ボーカリストであった渋谷すばるの脱退は、2018年4月15日の緊急記者会見で公表されました。芸能史においても極めて異例だったのは、脱退する渋谷の隣に、グループに残るメンバー全員が並んで登壇した点です(※安田章大は当時、胸腰椎骨折の治療のため欠席)。
会見で渋谷は、グループへの感謝を述べつつも次のように語りました。
「35歳を迎え、これからの人生を考えた時に、自分の責任で今後の音楽人生を全うしたいと強く思いました。音楽を深く追求するため、海外を拠点に学び、表現者として自立したい」
横山裕が涙を滲ませながら「すばるのいない関ジャニ∞を想像できなかった」と吐露し、村上信五が「どうにか引き留めようと何度も話し合ったが、彼の覚悟が揺らぐことはなかった」と明かした姿は、不仲による分裂ではなく、お互いの人生を尊重し合った末の「痛切な合意」であることを物語っていました。
3. 錦戸亮:15周年の節目と「個人の表現者」としての限界突破
渋谷すばるが去ってからわずか1年余り、15周年記念ツアー「十五祭」を完走した直後の2019年9月、錦戸亮の脱退・退所が発表されました。錦戸は以前からNEWSとの兼任(2011年まで)をこなすなど、グループ随一の多忙を極めながら俳優としても数々の主演作を成功させてきた中心人物でした。
錦戸の脱退背景には、グループが15周年を迎え、メインボーカルであった渋谷が抜けたことで「自分たちの本来あるべき姿とは何か」「この先どう進むべきか」という根本的な議論が生じたことがあります。錦戸は自身の理想とする音楽制作やスピード感、そして俳優業との両立をゼロから自分の手でコントロールしたいという欲求を強く抱くようになっていました。ファンクラブ向けのメッセージでは、これまでの歩みへの深い感謝を伝えつつ、自身の足で立ち上がって新しいエンターテインメントを提示するための旅立ちであることを示唆しました。
【実態検証】脱退メンバー3人の現在の活動と最新動向
グループを離れた3名は、現在どのようなポジションで活動を展開しているのでしょうか。2026年時点の最新動向を追うと、それぞれが確固たるファンベースと高い評価を獲得していることが分かります。
渋谷すばる:純度の高いロックサウンドで国内外を魅了
独立後の渋谷すばるは、大手レコード会社との契約を経て、自身のプライベートレーベルを拠点にブレない音楽活動を展開しています。泥臭くも圧倒的なボーカル表現力を活かし、国内のZeppツアーやアリーナ公演だけでなく、アジアを中心とする海外ライブも敢行。大型野外ロックフェスへの出演を重ね、アイドル時代からのファンのみならず、邦楽ロックリスナーからも高い評価を獲得しています。「自分の音を鳴らし続ける」という当時の決断を、実績で見事に証明し続けています。
錦戸亮:自主レーベル運営と役者としての圧倒的カムバック
錦戸亮は、退所直後に主宰レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、わずか数か月でソロアルバムのリリースと全国ツアーを実現させるという驚異的な自主性を発揮しました。近年では音楽活動にとどまらず、俳優としてのキャリアが再びピークを迎えています。動画配信プラットフォームの話題作や地上波の連続ドラマ、名匠が監督を務める映画作品に次々と出演。「役者・錦戸亮」としての唯一無二の陰影ある演技は映画賞レースでも注目され、独立後の芸能活動におけるひとつの成功モデルとして業界内でも高く評価されています。
内博貴:帝劇や新歌舞伎座を沸かせる実力派舞台俳優へ
内博貴は、テレビのバラエティ番組で見かける機会こそ少ないものの、演劇界・ミュージカル界において押しも押されもせぬ実力派としての地位を確立しています。『Endless SHOCK』でのライバル役をはじめ、シェイクスピア劇、ブロードウェイミュージカルの日本版公演など、難易度の高いストレートプレイや歌唱を要求される舞台で主演・準主演を歴任。誠実に培ってきた声量としなやかな身のこなしは演劇評論家からも厚い信頼を寄せられており、舞台俳優として独自のキャリアを築き上げています。

噂の真偽を徹底検証|大倉忠義の脱退説と「SUPER EIGHT」改名の舞台裏
ネット上やSNSでは、関ジャニ∞のメンバーを巡って様々な憶測や噂が飛び交ってきました。なかでも関心の高かった「大倉忠義の脱退説」と、2024年の「グループ改名の真相」について、客観的な事実をもとに検証します。
大倉忠義の脱退疑惑はなぜ広がったのか?
一時期、インターネットの検索サジェストや知恵袋などで「大倉忠義 脱退」というキーワードが急浮上した時期がありました。この噂の背景には、2つの明確な事象があります。
- 一部過激ファンによる迷惑行為への苦言:2018年秋、大倉は有料公式ブログ『くらすます』において、ルールを守らない一部の過激なファンによる付きまといやプライベート侵害について、「精神的に限界」「普通の人に戻る方が楽なんじゃないか」と悲痛な心情を吐露しました。この発言が「脱退の示唆ではないか」とファンの間で波紋を広げました。
- 健康問題による一時休養:2022年4月、右低音障害型難聴と両側耳鳴りの治療に専念するため、約1ヶ月半の活動休止を発表しました。この際にも脱退を不安視する声が上がりました。
しかし、大倉忠義が脱退するという噂は完全な誤りです。大倉は休養を経て万全の状態で復帰し、現在はSUPER EIGHTのドラマーとしてバンドサウンドの屋台骨を支えるだけでなく、関西ジュニア(なにわ男子、Aぇ! group、AmBitiousなど)の総合プロデューサーとして敏腕を振るっています。グループに対する責任感と愛情は誰よりも強く、現在も中心メンバーとして揺るぎない立場にあります。
2024年「SUPER EIGHT」改名の真の理由
2024年2月4日、関ジャニ∞はグループ名を「SUPER EIGHT(スーパーエイト)」へと改名しました。この改名の直接的な契機は、旧所属事務所の創業者をめぐる問題に伴い、社名および関連グループから「ジャニーズ」の名を冠した名称を刷新するという全社的決定でした。
改名に際し、メンバー5人は数か月にわたる徹底的な協議を行いました。画数や響きを考慮しつつも、デビュー以来ファン(通称:eighter / エイター)と共に育んできた「EIGHT(8)」の文字だけは絶対に譲れないという強い意志から、「関ジャニ」を進化させた「SUPER EIGHT」という新名称が導き出されました。
村上信五が改名直前のステージで叫んだ「俺たちは関ジャニ∞で良かったぞー!」という言葉には、過去の8人時代、7人時代、6人時代、そして脱退した仲間も含めた歴史すべてに対する誇りと感謝が凝縮されていました。
脱退メンバーと現メンバーの現在の関係|2026年に見られる絆の証拠
かつての芸能界では、グループを脱退したり事務所を移籍したりしたタレントの名前を公の場で口にすることは「業界のタブー」とされてきました。しかし、関ジャニ∞と脱退メンバーの関係性は、そうした旧態依然とした枠組みを完全に覆しています。
テレビ番組や雑誌のインタビューにおいて、横山裕や村上信五は現在でも自然に「すばるが」「亮が」と当時のエピソードを語ります。また、安田章大が自身の闘病や音楽制作を語る際にも、渋谷や錦戸から受けた刺激について隠すことなく言及しています。一方の渋谷や錦戸も、メディアの取材で過去のグループ活動を否定することは一切なく、むしろ「あの時間があったから今の自分がある」と明確に語っています。
2020年代半ば以降、音楽業界やメディアの構造改革が進んだことも後押しし、フェスの楽屋や音楽関係者を介した交流など、水面下での健全な関係がファンの間でも確認されています。いがみ合って決別したのではなく、「表現者としての自立」を目指して互いの背中を押したからこそ、2026年の現在もリスペクトに満ちた良好な距離感が保たれているのです。

【プロの結論】アイドル集団の「自立と境界線」に見る心理学的教訓
関ジャニ∞の脱退史をエンタメ界の出来事としてだけでなく、人間関係や組織論の観点から分析すると、極めて重要な心理学的・社会学的示唆が得られます。
組織における「役割の固定化」と心理的バウンダリー(境界線)
思春期から20代、30代という人生の形成期を同一の共同体で過ごすグループアイドルは、家族以上の濃密な関係性を築く一方で、組織内で「特定の役割」を固定化されやすいという宿命を抱えています。
心理学において、健全な自立には「心理的バウンダリー(境界線)」の再構築が不可欠とされます。他者が期待する「グループの看板役」「エース」「ボーカル」という枠組みと、自分自身が30代・40代を迎えて真に表現したいこととの間にズレが生じた時、それを無理に抑圧すれば組織全体が共依存や機能不全に陥ります。渋谷すばるや錦戸亮の脱退は、組織への裏切りではなく、「個人の自我を確立し、健全な自立を果たすための境界線の引き直し」であったと言えます。
【判断基準】ファンとしてどう向き合うべきか?
こうした脱退劇やメンバーの進路選択を受け止め、応援し続けられる人と、戸惑いを抱きやすい人には明確な違いがあります。
- 前向きに受け止められる人の特徴:「グループという箱」だけでなく「個々の表現者の人生」を尊重できる人。メンバーが40代を迎え、自分自身の足で人生を選択していくプロセスそのものを物語として肯定できる視点を持っています。
- 辛さを感じやすい人の特徴:「当時の8人(または7人)の形」こそが唯一の正解であり、その永遠性を求めてしまう人。思い出への愛着が強すぎるあまり、変化を受け入れることに時間と心の整理を要します。
関ジャニ∞からSUPER EIGHTへと続く歩みは、メンバーそれぞれが互いの人生を縛り合わず、それぞれの選択に敬意を払いながら成熟していった稀有な実例です。組織と個人のあるべき関係性を考える上で、彼らが遺した決断の軌跡は大きな教訓を与えてくれます。
【関ジャニ 抜けた人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニ∞を一番最初に抜けたメンバーは誰ですか?
A1:一番最初にグループを離れたのは内博貴です。2005年7月に未成年飲酒による活動自粛処分を受け、2006年末をもってグループから事実上離脱しました。2007年夏に研修生として復帰した後はグループへ戻らず、ソロの舞台俳優へと移行しました。
Q2:渋谷すばるの脱退記者会見に安田章大が欠席した理由は何ですか?
A2:安田章大は2017年に髄膜腫(良性の脳腫瘍)の摘出手術を受けており、その療養中だった2018年4月9日に立ちくらみで転倒し、背中(胸腰椎)を骨折して全治3か月の重傷を負っていたためです。会見当日は入院加療中であり、登壇が不可能な状態でした。決して会見を拒否したわけではなく、欠席に伴いファンや渋谷へ向けた温かい直筆メッセージを寄せています。
Q3:現在のSUPER EIGHTのメンバーは何人ですか?脱退メンバーとの共演の可能性はありますか?
A3:現在のSUPER EIGHTは5人体制(横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義)です。脱退メンバー(内博貴、渋谷すばる、錦戸亮)との公の場での共演は現時点では実現していませんが、互いのメディアでの言及や交流は続いており、独立後の障壁が取り払われた現在の芸能環境においては、将来的な音楽フェスやイベントでの再会に期待が寄せられています。
まとめ:それぞれの道で輝き続ける8人の誇りと未来
関ジャニ∞(現SUPER EIGHT)を抜けた人は、内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3名です。それぞれの脱退には、若気の至りによる挫折からの再起、音楽への純粋な探求心、そして一人の表現者としての自立という、全く異なる人生のドラマがありました。
そして残された横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義の5名は、仲間を見送る痛みを幾度も乗り越え、2024年には「SUPER EIGHT」へと看板を掛け替えて力強く前進を続けています。8人で始まった物語は形を変えましたが、誰一人としてエンターテインメントの道を諦めることなく、2026年の今もそれぞれのステージで誇り高く表現を続けています。彼らが選んだ道とその現在地を知ることは、変化を恐れずに自分の足で歩み続けるための勇気を与えてくれるはずです。 (出典: 関ジャニ 抜けた人(Yahoo!ニュース))